2023年8月1日(火)―9月28日(木)
筑波大学 大学会館アートスペース
9:00-17:00/土日祝休館(および8/14-18休館)/入場無料
美術鑑賞をするとき、作品のみを見る人、作品を見てからタイトルを読む人、タイトルと解説文を読んでから作品をじっくり見る人など、情報を得る順序は鑑賞者によってさまざまですが、 鑑賞の手がかりとして 「タイトル」を確認することが多いのではないでしょうか。タイトルは作品につけられた固有の名前であり、鑑賞者が作品の主題や作者の意図を読み解く上で重要な情報を提供する存在でもあります。本展示では、美術作品とそのタイトルの関係に焦点をあてています。 タイトルの付けられ方によりそれぞれがどのような印象を作品にもたらし、どのように鑑賞に影響するかについて再考する機会を提供します。
When people appreciate art, the order of access to information accompanying the artwork differs for each viewer. Some people look at the work only, some read the title after looking at the work, and some read the title and explanatory text before taking a closer look at the work. In particular, you may often check the “title” as a clue to appreciation. The title is the unique name given to the creation. It is a clue that provides essential information to the viewer in deciphering the work’s subject matter and the artist’s intent. This exhibition focuses on the relationship between the artwork and its title. It provides an opportunity to reconsider the title’s impression on the viewer and how it affects viewing behavior.
出品作品 / exhibited works
・渡辺晃一《馬・ウマ・うま・UMA》1995年 油彩、石膏・パネル 180×230㎝
KOICHI Watanabe《A HORSE/a horse /horse /HoRsE》1995 oil on panel with plaster
本作は、基底となる大パネルの上に、四分割状に小パネルを配し、各パネルにはモチーフとして動物の「うま」の頭部がそれぞれ異なる手法で表現される。作品タイトルにある「馬・ウマ・うま・ UMA」の4語は、漢字、カタカナ、ひらがな、ローマ字表記の字面から得られるイメージと画中のモチーフの表現が相互にリンクしていると考えられる。そうなると、「馬」が左方上部、「ウマ」が左方下部、「うま」が右方上部、「UMA」が右方下部にそれぞれ相当しそうだ。この場合、漢字、カタカナ、ひらがな、の表記順に作品パネルを見ていくと、徐々にモチーフの存在が曖昧になってゆき、最終的にローマ字の「UMA」に至ると灰色のモノトーンを基調とした「リトル・グレイ」を彷彿とする「UMA(未確認動物)」となり、全く本質が変わってしまうのがおもしろい。皆さんは四つの表記がどのパネルに対応すると考えるだろうか。
・福山菜穂子《ある日のこと》2013年 陶、ガラス
FUKUYAMA Naoko《One day》2013 ceramic, glass
ティーカップ、水差し、トレー。日常使いの何気ない陶器かと思いきや、近づいて目を凝らすとそこには…。カップには小さな窓が並び、玄関らしき入口があり、上階へと続く階段がある。まるで小さな妖精が住んでいるかのようだ。水差しの口からは雲がわき雨の滴が落ちる。トレーには水が蓄えられ、プールのようだ。梯子が見えるから21世紀美術館のスイミング・プールか?(違う) 福田菜穂子の陶器作品には用途を超えた形がある。それは、小さな異世界の入り口のようでもある。ちょっとした遊び心で、日常の一瞬をどこか遠くに飛ばすマジック。使い手の想像力で器を組み合わせれば物語性のある風景も出現しそうだ。お茶を飲む、食事をとるといった日常のシーンが突如リアリティを失って、ファンタジーに変わる。そんな意外な転換が、福田の器の魅力とも言えるだろう。そういえば、おとぎ話の書き出しはどんな言葉から始まっていたか、覚えてる?
・西村昭二郎《風ひかる》1977年 紙本着色 91×72.8㎝
NISHIMURA Shojiro《Spring Breeze》1977 mineral pigment, water dried paint, india ink, gold paint and glue on hemp paper
二羽の鳥が描かれており、上部の笹の枝に乗っている鳥は、黄金キンケイの雄。もう一方は一見別の水鳥のように見えるが、こちらは黄金キンケイの雌である。空と地面の境目は曖昧で、画面全体を爽やかなブルーが背景を覆い遠近感を曖昧にしているが、笹の影の描写が二羽の位置関係を巧みに表現する。タイトルの「風光る」は早春の季語で、春の陽光のなかをそよそよと風が吹き渡る様を表す。タイトルを知ると、笹が春の光を受けながら、そよ風に揺らいでいる情景が想像できるのではないだろうか。同じく風を主題にした《風の行方-海》とは、風の強さも季節も、ずいぶん違う。
・吉野純《失楽園》1993年 油彩、カンヴァス
YOSHINO Jun《Paradise Lost》1993 oil on canvas 181.8×227.3㎝
「失楽園」は、旧約聖書「創世記」第3章からヘビに唆されアダムとエヴァが神の禁を破り知恵の実を食べ、その罰として神がエデンの園から追放する場面を描いた絵画である。失楽園は、本来神とエデンの園を追放されるアダムとエヴァのやりとりを描いたものが多いが本作は、生命の木の下に佇むヘビとアダムとエヴァの二度と戻れない故郷を思い、嘆く姿を極彩色で描く。赤を大胆に用いた構成は、陽炎のように揺らぐ印象を受け、まさにアダムとエヴァの苦難を表現している。作品だけでは、「失楽園」と想像できないが、モチーフと照らし合わせることで、主題が浮かび上がってくる。本作は、聖書を題材に重厚なマチエールと素朴で詩的なフォルムを用いて描くアカデミックな作品である。
・藤田志朗《風の行方—海》1998年 紙本着色
FUJIITA Shiro《Where the Wind Goes – Sea》1998 mineral pigment on hemp paper 181.8×227.3㎝
赤褐色の風景の中で鮮やかな色の旗がたなびいている。画面右、上方に位置する鳥のモチーフは風上を向いているため風見鶏と思われる。その足元には消波ブロックのような立体物、さらにその中から画面左に向かって白い貝殻が綿状に堆積してゆく。これらは、題名にある通り海を連想させるモチーフである。黄土色の地面は浮島で、周りは海かもしれない。遠景には、様々な形の建築物が密集・密着し、近代的でありつつも、その色や造形からは荒涼感や恐ろしさが際立って感じられる。空の色をはじめ、風景はその面積の大半が錆びついたような赤褐色を基調として描かれており、荒廃した街を描いているかのようだ。寂れた雰囲気の中で鮮やかな旗をたなびかせる風はどこへ向かって吹いていくのだろうか。
・内田雅三《Hiroshima-90》1990年 油彩、ミクストメディア
UCHIDA Gazo《Hiroshima-90 》1990 oil on mixed media in panel 162.1×227.3㎝
中央には三角形の図形があり、その上に被さるように絵の具が塗られている。画中には他にも影や図形、幾何学的な模様が描かれる。直線や曲線といった規則的な線と中心の激しい筆跡の動きの対比、その筆跡がつくりだす凹凸がこの作品の魅力である。本作品内には一眼でわかるような具象的なモチーフは用いられておらず、太さ、動きの様々な線やそれに伴う影が描写の中心となっており、明らかなモチーフがない分、いっそう画面を構成する図形や色彩、影や線の動きに心惹かれるだろう。具象的な物体は描かれないが、作者が何を思って本作を描いたのかを知るヒントはタイトルにある。《Hiroshima-90》という題には作者の内田にゆかりのある「広島」の名前が含まれる。純粋に画面の魅力を楽しむだけでなく、作者が本作品を制作するにあたって広島の地からどのような着想を得たのかといったことに想いを巡らせてみるのも良いだろう。
本展覧会の企画について / About the Exhibition’s Program
本展覧会は、博物館学芸員資格に関わる授業の総仕上げである「博物館実習」のプログラム「学内実習」の成果発表として開催するものです。筑波大学芸術系では、芸術専門学群および大学院の卒業生・修了生の優秀作品、および退職教員などからの寄贈作品を400点以上所蔵しており、受講生たちはこの学内コレクションを活用した小企画展を毎年開催してきました。社会の動きに目を向け、美術館の根幹をなすコレクションをどのような文脈で鑑賞者に提示するのか、そこに企画者の力量が表れます。今年は「タイトル」に着目し、作者と作品、展示と観客の相関関係を問い直す企画となりました。学芸員を目指す学生たちによる展覧会をどうぞご覧ください。
This exhibition is an achievement of practical museological training. The University of Tsukuba has more than 400 artworks given by faculty members and alumni and purchased from awarded students. Each year, students have organized small exhibitions utilizing this on-campus collection. The planner’s competence is revealed in the context in which the collection, which forms the museum’s core, is to be presented to the viewer with an eye on social situation. This year’s exhibition focused on the “title” and questioned the correlation between the artist and the work, and between the museum and the visitors. We would be grateful if the viewers could enjoy the first exhibition of the students who aim to be curators. (Course Instructor)
博物館実習2023 芸術系受講者一覧
石船初佳、伊藤紬、江原実祝、遠藤花耶、大石彩乃、奥田琉花、木内英実、笹川元康、竹畠薫、田良島津、永井風花、中谷直子、樋口幸ナギーナ、鶸田佐季、藤井椋子、古瀨秀明、宝田紗和子、三橋美音、和田祐香、渡邉結貴 (五十音順)
授業担当教員
寺門臨太郎、林みちこ、水野裕史(いずれも筑波大学芸術系)