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「オマージュ石膏像」関連プログラム 3Dモデルで観察する菊地石膏模型所《ファルネーゼのヘラクレス》

芸術系ギャラリーでの展覧会「オマージュ石膏像」にあわせて、彫塑領域の教員、宮坂慎司が3Dモデルを作製した。像そのものの実地での熟覧にくわえて、3Dモデルによるあらゆる方向、角度からの観察によって、石膏像の製作プロセスと構造を確かめることができる。ここにその3Dモデルを公開するともに、作製した宮坂による「複製の哲学」と題するテキストを収載する。

 

菊地石膏模型所《ファルネーゼのヘラクレス》の3Dモデル

https://poly.cam/capture/1415e294-6b69-41f9-bc90-603c2ec89600

 

複製の哲学

宮坂慎司

右腕を欠くヘラクレス像。しかしながら、不思議と違和感はありません。その姿が自然なのは、ある意味で必然とも言える箇所を境目として腕を失っているからです。どういうことかというと、元々この石膏像では腕は別パーツとして型をつくり、後に接合するという方法でつくられているのです。

石膏像の表層をよく観察すると、そこには型取りの痕跡を見ることができます。まず目につくのはパズルのような構造をしている型の合わせ目です。顔や手、足といった複雑な部分ではより細かな合わせ目の線が見られます。

ここから分かるのは、この像が石膏による割型でつくられたということです。おそらく原型であったのは同形同型の石膏像。現代であれば、硬質な石膏から型を取る際には、ある程度の入り組んだ部分や引っかかりにも対応できるシリコンを用いる選択があります。しかし、菊地が製作にあたっていた当時は、造形の現場にシリコンという素材はまだありません。代わりに、ゼラチンを用いる技法はありましたが、販売用の像を複数つくるためには繰り返しの使用に耐える石膏を用いることが合理的です。つまり、硬質な石膏原型を、同じく硬質な石膏で型取りする必要があり、抜け勾配の型とするために細分化されたピースがつくられました。

割型の跡をあえて削らずに、型取りの痕跡をほぼすべてそのまま残すあたりに、菊地の型取りへの自信の表れが伺えます。型の合わせ目にできたわずかな段差を削ることは、すなわち原型表層の形を削るということです。鑑賞の邪魔にならない限りは、オリジナルから離れるような修正はなるべく行わない方がよい、ということでしょう。そして、この正確な型取りが、複製であっても石膏像に緊張感を与えているのです。型取りの痕跡一つにも、その示し方には複製者として哲学は宿ります。

型取りの工夫はその他の部分にも見られます。実はこの石膏像では、右腕と同じく、左腕、前に踏み出す左脚、棍棒も本体から分けて型を取られたことがわかります。各部分の付け根や接地部分をよくよく観察すると、その痕跡を見つけることができるのです。

これらは、観察と、3Dモデル作成のための撮影過程で気づいたものです。この3Dモデルは、さまざまな方向から撮影した100枚弱程度の写真を合成して作製しました。3Dモデルを作製するためには、像のあらゆる箇所を写すことを心掛けて、視点を少しずつずらして撮影を行います。実体のある形をつくるわけではありませんが、イメージの中では模刻に臨むような感覚もあります。自ずと、撮影者本人も対象をくまなく、それこそ触れるように観察することが求められます。

むろん3Dモデルは本物にはかないませんが、画面上で視点を移動させる行為は能動的な鑑賞に繫がるものだと考えます。また、パースのついた画像データではできないような作品の比較を、あらゆる角度から行うことも可能です。スマートフォンだけでも3Dモデルの作製ができるようになった現代、こうした新たなアプローチからも研究の広がりが期待されます。

(みやさか・しんじ/芸術系助教)